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札幌地方裁判所 平成6年(ワ)1141号 判決

原告

株式会社ジャックス

右代表者代表取締役

藤井一雄

右訴訟代理人弁護士

岸田昌洋

被告

平田美智代

右訴訟代理人弁護士

冨岡公治

右訴訟復代理人弁護士

髙橋司

主文

一  被告は、原告に対し、金一六八万一三一一円及びこれに対する平成六年一月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金三三〇万五九〇四円及びこれに対する平成六年一月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、いわゆる信販会社である原告が被告に発行・交付したクレジットカードに関する取引につき、立替金等の請求をしている事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

原告は、その特約している加盟店(以下「加盟店」という。)から物品の購入とサービス(以下「カードショッピング」という。)を受けることができ、かつ、原告から金銭の借入れ(以下「キャッシングサービス」という。)を受けることができるクレジットカードを発行している株式会社であり、被告は、後記のとおり、原告との間で、クレジットカード契約を締結した者である。

2  クレジットカード契約の締結

原告は、被告との間で、昭和五九年七月一日、次のとおり、クレジットカード契約を締結し、そのころ、同人に対し、クレジットカード(以下「本件クレジットカード」という。)を発行・交付した。

(一) カードショッピング規約の内容(以下「本件カード規約」という。)

① 会員(被告、以下同じ。)が、加盟店から、分割払(一、二回払を除く)で物品を購入したときは、手数料として、原告に対する支払回数に応じて、所定の割合による金員を支払う。

② 原告は、右購入代金を、その都度、加盟店へ立替払いする。

③ 会員の原告に対するカードショッピングの利用代金及び手数料の支払日は、毎月二七日とし、利用月の翌日から原告札幌支店へ支払う。

④ 会員の故意または、重大な過失に起因する損害、会員の家族・同居人による不正利用に起因する損害は、会員の全額負担となるとともに、会員が、本件カード規約の義務に違反し、かつ、その違反が重大なときは、原告の請求によって、期限の利益を失う。

⑤ 遅延損害金の利率は、年六パーセントとする。ただし、一、二回払の場合は、年29.2パーセントとする。

(二) カードキャッシング規約の内容について

① 会員が、キャッシングサービスを受けたときは、利息として、原告に対する支払回数に応じて、別表元利金計算書記載の利率による金員を、元金に加算して支払う。

② 会員の原告に対するキャッシングサービスの貸金及び利息の支払日は、毎月二七日とし、利用月の翌日から原告札幌支店へ支払う。

③ 会員が、支払を一回でも怠ったときは、期限の利益を失い、残額を一時に支払う。

④ 遅延損害金の利率は、年29.2パーセントとする。

3  被告によるキャッシングサービス利用の内容

(三) 被告は、本件カードを利用して、別表元利金計算書記載のとおり、平成二年四月九日、金二〇万円のキャッシングサービスを受けた。

右貸金及び所定の利息金五万二〇〇〇円を加えた合計金二五万二〇〇〇円の支払は、二〇回払である。

(二) 被告は、平成二年五月二八日、原告に対し、金一万二六〇〇円を支払ったが、平成二年六月二七日分の分割金の支払を怠り、同日の経過により期限の利益を失った。

(三) そこで、原告は、被告の既払分について、利息制限法所定の利息及び約定遅延損害金を差し引いて元本に充当したところ、平成二年六月二七日現在の貸金残元金は一九万二三三九円となる。

二  争点

原告は、本件カードの利用による別紙カード利用明細記載の各取引(以下「本件各取引」という。)は、当時、被告の夫であった平田正博(以下「正博」という。)が本件カードを不正に使用したものであり、それによって原告が損害を被ったのであるから、本件カード規約に基づき、被告がその責任を負うべきであると主張するのに対し、被告は、①右規約は個人主義の観点から公序良俗に反し無効であり、②仮にそうでないとしても、被告の責任は、本件カードの利用限度額である五〇万円に限定されると解すべきであるし、少なくとも、平成二年四月九日には、原告において、本件カードの利用額が五〇万円を超えていることが認識できたはずであるから、それまでの損害額計五四万四八四四円に限定されるべきであるし、③また、本件カードは被告個人しか利用できない種類のカードであるにもかかわらず、加盟店において正博に使用させたことは、原告の過失と評価すべきであるとして、信義則ないし過失相殺の法理によって被告の責任は限定されるべきあると主張している。

第三  争点に対する判断

一  被告の責任

1  前記争いのない事実と証拠(甲一の1ないし74、二、三の各1ないし3、乙一ないし三、四の1・2、五、証人西﨑能文、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、昭和五六年一〇月一九日、化粧品の販売員から化粧品を購入する際、原告によるカードサービスの紹介を受け、そのころ、右販売員を通じ、原告との間で、本件カード契約と同様のカード契約を締結し、更に、昭和五九年七月一日、原告との間で、本件カード契約を締結した。

(二) 本件カードを利用したカードショッピング等の利用明細は、原告からカード会員に対して、一月単位で利用者に送付されているところ、被告は、平成元年一二月ころ、被告から身に憶えのない請求書が送付されたので、そのことを正博に確認したところ、同人において本件カードを使用したことを認めたので、本件カードを、それまでの保管場所としていたぬいぐるみの中から押し入れの毛布の奥に移した。

(三) 被告の本件カードによる利用状況は、一回の支払が一万円程度のカードショッピング程度であったが、平成二年六月一六日ころ、原告の従業員である岡田修から、「最近、被告名義のカードで高額の買物をしているようですが、身に憶えがありますか」との問い合せの電話があり、被告は、身に憶えがない旨答えたが、その後、本件カードを保管していた押し入れの奥を捜したところ、本件カードは見つからなかった。

(四) 被告は、その翌日、原告の札幌支店を訪ね、岡田修外一名と会い、「手元に本件カードがないので、カードを使えなくして欲しい」旨依頼したところ、岡田は、被告に対し、警察に盗難(紛失)届を出すよう促した。

(五) 被告は、平成二年六月末ころ、正博に本件カードを使用したか否かを問い詰めたところ、同人は、本件カードの使用を認め、すべて自分が責任をもって返済する旨答えた。そして、被告は、同人から本件カードを返してもらい、それにはさみを入れたうえ、原告に返還した。

(六) 他方、被告と正博は、平成二年四月ころから正博の外泊が多くなったこともあり、同年七月二日に協議離婚したが、被告は、同年一〇月ころまで、二人が同居していたアパートで正博の荷物を預かっており、正博も、それまでは、右アパートの鍵を所持していた。

(七) 原告は、平成二年五月中旬ころ、被告に対し、新たにカードを発行・交付する手続をしたが、実際には、右カードは被告の手に渡らなかった。しかし、その後、右カードが加盟店で使用され、その使用した者が店員に咎められ、同人がそのまま右カードをおいて消え去ったため、右カードは、右加盟店を通じ、原告に戻されたところ、本件カードを利用した者の特徴は、正博のそれに酷似していた。

2  以上の事実によれば、本件各取引は、当時、被告の夫であった平田正博が所定の書類に被告の氏名等を記載したうえ、本件カードを利用したものと推認され、右推認を覆すに足りる証拠はない。

ところで、証拠(甲五)及び弁論の全趣旨によれば、本件カード規約(第一章第一〇条参照)では、一方で、会員がカードを紛失しまたは盗難にあったときは、速やかに原告に連絡のうえ、最寄りの警察署または交番にその旨を届けるとともに、原告所定の届書を原告宛てに提出することを要求することとしたうえ、会員が右手続を行った場合、原告への届出日の前六〇日以降に起こったカード紛失・盗難その他の事由により、他人に不正利用された不正利用事故による損害金について、原則として、会員は免責されるものとし、例外として、会員の家族・同居人による不正利用に起因する損害については、全額会員の負担となる旨規定していることが認められるから、当時、被告の夫であった正博による本件カードの不正利用によって原告が被った損害について、被告が責任を負うことは、本件カード規約上、明らかである。

もっとも、被告は、右規約は個人主義の観点から公序良俗に反し無効である旨主張するが、家族・同居人という会員と社会生活上密接な関係にある者は、一方で、カードの使用が他の第三者と比してはるかに容易な者であり、他方で、会員としても、カードの保管上、盗難等はもとより、右のような者の不正利用についても、原告に対して保管義務を負うべき立場にあると解されるから、クレジットカードの性質及びその予定されている利用状況等に照らすと、右のような者による使用について、それ以外の第三者による使用と区別して会員により重い責任を課すことを内容とする右規約には一応の合理性があり、それが直ちに公序良俗に違反するとはいえない。

二  利用限度額について

被告は、「本件カードの利用限度額は五〇万円であり(当事者間に争いはない)、本件カード規約上、原告が必要と認めた場合には変更できると定められているところ、本件において、原告がそのように認めたことはないのであるから、被告の責任は右五〇万円に限定される」と主張する。

しかしながら、一般に、カード契約における利用限度額の趣旨は、信販会社がカード契約を締結するにあたって、会員となるべき者の信用・支払能力を考慮して、加盟店がその限度額以上のカードの使用を拒絶できるという趣旨と解されるから、特別な事情のない限り、会員の支払責任をその限度額に限定するものではなく、本件において別異に解すべき特別な事情は認められないから、被告の右主張には理由がない。

また、被告は、少なくとも、平成二年四月九日には、原告において、本件カードの利用額が五〇万円を超えていることが認識できたはずであるから、被告の責任はそれまでの損害額計五四万四八四四円に限られるべきであるとも主張するが、利用限度額の趣旨は右に述べたとおりであるから、被告の右主張にも理由がない。

三  過失相殺について

ところで、本件カード規約における会員の責任は、家族等の不正利用によって原告が被った損害についての損害賠償請求権に関するものであるから、右損害の発生について原告にも過失がある場合には、過失相殺をすることができると考えられるところ、本件カードは、いわゆる個人カードであることから、本人でない者の使用は、本件カード規約上、禁じられており、そのことはカードに記載されているカード番号によって容易に知り得べきものであるから、本件カードの提示を受けた加盟店としても、その者が本人(又は少なくとも本人から利用権限を得ている者)であるかについて合理的な疑問がある場合には、まず、その旨の確認をすべき義務かあり、その結果次第では、カードの利用を拒絶することも考えるべきである。

ところで、本件各取引が行われた際、本件カードに被告による署名があったことが窺われ、かつ、その名前は、一般的には女性名であるから、各加盟店としても、前記合理的疑問をもってしかるべきであるところ、各加盟店において、本人確認等について適切な処置をしていないことは明らかであり、その点において各加盟店には前記義務違反があったというべきである。

そして、原告としても、被告との関係で、各加盟店をして本人確認等を徹底させるべき義務を負っていると考えられるとともに、各加盟店は、原告の被告に対する債務の履行を補助する者と評価できるから、右事情を前記損害の算定に斟酌することができると解されるところ、前記義務違反は、加盟店として基本的な義務違反であるから、その過失割合は五割をもって相当とする。

第四  結論

以上によれば、被告は、原告に対し、本件カード契約に基づいて、①カードショッピングによる利用代金及び手数料の計三二四万九一八五円からその五割を差引いた一六二万四五九二円(一円未満切捨て)から既払金である一三万五六二〇円を控除した一四八万八九七二円と②キャッシングサービスによる融資金残金一九万二三三九円の合計である一六八万一三一一円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年一月一六日から支払済みまで約定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条一項本文を、仮執行宣言につき、同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり、判決する。

(裁判官見米正)

別紙〈省略〉

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